灯りを運ぶ

-Author- たなかなつみ

 ひとりだった。暗闇だった。歩いていた。歩き続けていた。
 ひとりだと思っていた。何も見えないと思っていた。自分の足音しか聞こえないと思っていた。痛む足を引きずって歩き続けていた。

 どこまで続くのだろう。
 疲れた。寒い。もう動けない。うずくまった。もういいやと思った。目を閉じた。
 そのとき、人の声が聞こえた。驚くほど、そば近くで。

 おや、あなたもですか。ええ、そういうあなたも。まあ、休み休みいきましょうよ。お互いたいへんですね。
 おそるおそる目を開けると、真っ暗だと思っていた空間に、かすかな灯りが見えた。あちらこちらに、ぽつ、ぽつ、ぽつ、と。小さな灯りが遠く遠くまで広がっている。

 ゆっくりとまわりを見回してみる。驚くほど近くから、驚くほど遠くまで、驚くほど多くの、人の影。歩き続けている人。うずくまっている人。走っている人。横になっている人。見渡す限り遠く遠くまで、人の波が広がっている。
 急ぐ人は急げばいいんですよ。休みたい人は休めばいいんですよ。それぞれのペースで目指せばいいんですよ。そうして、少しずつ運べばいいんですよ。

 耳に穏やかな会話が入ってくる。そうだった。思い出した。膝を抱えて握り込んでいた手をほどき、ゆっくりと開く。その手に、ぽっ、と灯りがともった。
 ゆらゆらと揺れる灯りを目で追っているうちに、疲れ切っていた心が癒える。手から身体の中心へと、じんわりとぬくもりが広がってくる。

 そうだった。自分はこれを運んでいる途中だったのだ。とてもとても大切なものを。
 そろそろ行きましょうか。そうですね。大丈夫。疲れたらまた休めばいいんですよ。道のりは長いですからね。ゆっくりゆっくり進んでいきましょうよ。
 近くで立ち上がる人たちの気配がした。

 「待ってください! 一緒に行きます!」

 大声を出すと、周囲の人たちが振り返った。
 たくさんの人たちの顔が見えた。老いた顔も、幼い顔も、いかつい顔も、なよやかな顔も。みんなにこりと笑い、手を差しのべてくれる。

 じゃあ、一緒に行きましょうか。
 立ち上がって、その手を握る。互いの手のなかの灯りが合わさって、大きくなった。あちらでも。向こうでも。ずっとずっとその先でも。小さかった灯りがまじわりながら、少しずつ大きくなっていくのが見える。
 空気が、どんどんあたたかくなっていく。
 大丈夫だ。ひとりじゃない。まだまだ歩いていける。希望という名の灯りを運んでいける。未来へ。未来へ。

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